2016/11/07

やさしく教育論⑨~認められたい時代

認められたい時代

東京都渋谷区にある小学生対象のプログラミング教室スモールトレインで講師をしております福井です。今回ははやさしく教育論⑨として「認められたい時代」です。こちらもやさしくデジタル2016年10月号に掲載されたものが元になっています。

自分のことを認めてほしいという欲求は誰にでも存在していると思います。しかし、近年の「認められたい」は以前の「認められたい」とは違うのではないかという議論が巷ではなされています。確かに社会に認められたいというよりも、身近な人により深く認められたいという意識が強くなっている様には感じます。「空気を読む」というのはまさにその雰囲気を反映した言葉で、こうした雰囲気は子どもたちの間でも蔓延しております。そのため、相手によって態度が大きく違うということもあります。

いま日本の社会においては、「他人指向型」の人間がいたるところで増えている。若い世代を中心に多くの人々が、身近な人間関係において場の空気を読み、気の利いた発言を心がけ、気遣いのある態度を絶やさない。それはつまり、自らの行動の指針を自らが信じる価値観や信念に求めるのではなく、他者の判断に委ねている、ということなのである(25頁)。
(中略)
社会共通の価値観が崩れれば、「価値ある行為」によって承認を得る道が見えなくなり、強い承認の不安とニヒリズムが生み出される。その結果、身近な人間の承認を維持するために、かつてないほどコミュニケーションが重要な意味を帯びてきたのである(26頁)。

ひとつの価値観が存在する時はとても楽でした。学校で言えば勉強を教えること。学力を上げることを目的としていれば良かったのですが、「個性重視」となってくると、その子にあった教育が求められるようになり、学力偏重はダメだという話になってきます。ひとつの価値の崩壊は承認の範囲を小さなものにし、そのためその小さな集団から承認され続けるために頑張るのが現代社会です。

集団価値観を直接信じるというより、みんなが信じるからそれを信じるのであり、その集団の価値を本当は信じていなくても、あえて「信じるふり」をし、承認を得ようとするのだ(35頁)。

ひとつの価値観の喪失は人々を自由にしたのですが、一方でどの価値を信じればよいか分からなくなり、周りの人たちが信じる価値を信じるようになっているのは確かでしょう。とてもおもしろい事に、ひとつの価値を信じているのですが、それはみんなが信じている価値を信じているだけなので、連帯が生まれないという現象が起きます。ただこうした承認不安を解決するのは容易ではありません。この本の結びも決して解決策を示しているものではありません。

自己了解と「一般他者の視点」による内省ができるなら、私たちは身近な他者の承認のみに執着せず、「見知らぬ他者」の承認を確信することで、また自分の意思で行為を選択することで、自由と承認、両方の可能性を切り開くことができる。たとえ承認不安への即効性がないとしても、私たちはこの可能性を捨てるべきではないのだ(215-216頁)

確かに自分を認めることと「見知らぬ他者」の承認を得ることができれば良いのですが、それが難しいという話ですね。こうした社会的状況の中で、大人ならまだこうした話を理解できますが、子どもたちに果たしてこのような内容を理解できるかどうか、また「見知らぬ他者」を想像できるかどうかはとても難しい問題でしょう。これは子どもたちと接している大人が「見知らぬ他者」を想定し、子どもたちに「見知らぬ他者」を感じてもらうしかありません。

プログラミングというのは共通言語です。スクラッチは日本語でプログラミングしていますが、英語表記にすれば英語になりますので、英語圏の人にも理解できます。プログラミングを通して「見知らぬ他者」と繋がっている。プログラミングにはそんな可能性があると思いつつ、教室を運営しています。

多くの方にプログラミング教室スモールトレインに参加していただくため、コースとして月2回、月4回、月8回とあり、曜日固定ではなく空いている時間に来られます。土曜日も開講していますので、遠方だからと悩んでいる方もぜひ説明会にご参加ください。お待ちしております。

現在、プログラミング教室スモールトレインでは、説明会&体験会を実施中です。説明会&体験会は11月12日(土)、11月19日(土)、11月26日(土)に開催します。ぜひお気軽にご参加下さい。

参考文献:山竹伸二(2011年) 『「認められたい」の正体』 講談社

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